AI受託開発のメリットとデメリットを徹底解説

本記事では、「AIを自社で作るのか?それとも開発を委託するのか?」という疑問を持っている方を対象に、AI受託開発のメリットとデメリットを解説します。

特にAI開発を行いたいと思っている企業の状況により、向き不向きは明確に分かれる場面もあります。
この情報を整理することで疑問を解消していくことを本記事の目標といたします。

筆者はこれまで5年以上に渡って5件以上の中小規模の開発と、4件以上の長期間に渡る大規模なAI受託開発を手掛けてきた経歴があり、これらの実務経験から知見を共有いたします。

また、できるだけ網羅的かつ客観的に解説することを心がけてはいますが、上記の経歴でも明らかなように、筆者はAI受託開発を事業の一環として行っているため、受託側企業の立場で論じているという点だけご承知おきいただければ幸いです。
一方で、実務経験から見えてきた注意事項について触れたいとも思っていますので、是非ご覧いただければ幸いです。

最後に、本記事におけるAI開発についてですが、AIを活用したアプリの開発ではなくAIモデル自体の開発と保守運用に限定いたします。
例えば、ChatGPTを使用したアプリやサービス開発などは本記事の対象外となりますので、こちらについても予めご留意いただければ幸いです。
(アプリ開発についてもいつか記事化できればと思っています)

目次

AI受託開発のメリット

メリット1. 事業化が早い

競合に急いで追いつきたい場合は向いている

AI人材が社内にいないが、なによりも早くAI開発を行う必要がある場合は強いメリットがあります。
このようなシチュエーションは、例えばビジネスの競合がAIを活用した新規サービスを打ち出してきた場合などが該当します。

事業化のためには人材と開発ノウハウの双方が必要になりますが、開発ノウハウは満足にレベルの高い人材を採用した後に徐々に蓄積されていくものであり、人材がいない場合は事業化までにかかる時間が膨大になってしまいます。

研究活動から得られるノウハウに素早くアクセスできる

ノウハウに早くアクセスできるという面は一般的な業務委託と同様のメリットになります。
例えば、コーポレートサイトなどのwebサイトの開発や運用は業務委託されることが多いですが、見やすいページ構成のデザインだけなく、SEO対応、コンバージョン設計などのノウハウに早くアクセスできることが魅力的です。
AI開発では採用するベースモデルやそれらに対する追加の事前学習の実行、開発するAIの課題設計、使用するハイパーパラメータなど、挙げ始めたらキリがないほどにノウハウが存在します。
新しい効率的なアルゴリズムも日進月歩に出現しますので、情報へのキャッチアップも必要です。
このようにAI開発も一般的な業務委託と同様に研究活動を通して得られるノウハウにすぐにアクセスできるというメリットがあります。

その他の選択肢

また、受託開発の他にM&A(事業買収)という選択肢もあります。
実績のある製品(AI)やチームがそのまま手に入るという安心感は大きいですが、デューデリジェンスに時間がかかる上に、高い買い物になるため交渉や意思決定にも時間がかかります。

メリット2. 予算が柔軟に組める

自社開発は人材予算のコントロールが難しい

自社でAI開発プロジェクトを立ち上げる場合は、人材コストが大きく影響します。
日本の法律では解雇は厳しく制限されるため、ミニマルで60万円/月人材が1名の場合でも年間720万+法人負担分の社会保険料の維持コストがかかり、また翌年移行も同額以上の出費が発生します。
特に急ぎでAI開発を行う必要がある場合には複数名の雇用が必要になりますが、メンバーの数に合わせて維持費は要求されます。
ドワンゴのAIラボ解散の事例のように維持費が重くなってしまったがために解散せざるを得ないケースもあります。

AI受託開発は開発工程と予算を分割できる

AI受託開発の場合、受託側企業の方針にも寄りますが、開発時にのみまとまった額が発生し保守運営におけるランニングコストは抑えることができる場合もあります。
それだけでなく、概念検証(PoC)と呼ばれる「実際に役に立つAIが作れるのか?」を検討するフェーズを切り出すこともでき、この場合は1. PoC, 2. 本開発 3. 保守運用、という3段階にプロジェクトを切り分けることが可能で、フェーズに合わせて予算分割を行うことができます。

ちなみにですが、受託側企業は開発工程のイメージをもってもらうために自社の方法論を説明することが多いですが、この開発過程が絶対だ!ということは滅多にありませんので、開発工程や予算について委託側企業としての希望を遠慮なく相談してもよいでしょう。

外注は高いってホント?

AI開発に限らないITシステム開発全般の話になりますが、大企業同士の取引になりやすい分野でもあります。
プロジェクトが大きくなるにつれて完遂義務のための保証にかかる費用も大きくなります。
また後述するPoC(アジャイル開発のようなもの)を行わずに性能の高いAIを構築することを条件にした場合も同様に、保証に関する部分に見積もり金額が含まれる形になります。
これが一般的に外注は高くつくと評される要因になっているのではないでしょうか。

また見積もりが高くなりやすい企業の場合は大手との取引実績が充実していたり、業界でよく名前が知られている人物が参画されている傾向があります。
このように価格 ≒ 信頼性の高さという関係もあるため、自社の事業規模とのトレードオフを考慮しながら判断する必要があります。

また、こちらも後述いたしますが、過去の開発実績に類似事例がある場合はプロジェクトの見通しがつきやすいため、より安価に始められるケースもあります。

見積もりのギャップ

過去に多数のヒアリングを行った経験からすると、委託側企業にノウハウがないため見積もりができず予算感にギャップが生じているケースも多々ありました。
AI開発ITシステム開発と比較して、以下の点から予算がより必要になります。

計算機

GPUやTPUと呼ばれる専用の計算ユニットが必要であり、ポテンシャルの高いAIモデルを開発する場合は要求される性能やユニット数が増えます。
また計算時に必要な電力(ワット数)も桁違いに大きいため、ランニングコストもかかります。

人材

一般的なITシステム開発スキルに加えて、数理統計の知識やデータエンジニアリングのスキルが要求されます。
また、必要な技術の多さに伴って人材育成にかかるコストが上昇するため予算に影響します。
専門性の高さの参考までにですが、日本の場合は計算機科学に関する分野における修士課程卒業以上、海外のビッグテックにおける採用ではPh.D.の取得が条件になっていることが一つの目安になっています。

メリット3. 最初に外注して徐々に自社に人材を蓄えられる

このような使い方ができないか申し訳無さそうに聞かれることがありました(気にしていただく必要はありません!)、とても良い活用方法だと思います。

特に人材は獲得したらokというわけではなく、スキルアップを行うための環境が必要になります。
特に最初の1人目を採用した場面では、この方にとっては相談できる人がいないため、目標が立てにくいという問題が生じます。
もし先に受託開発を行い、保守運用に入っているプロジェクトがある場合、手元に実践的なトレーニング機会があるため人材育成が効率的に促進されます。

こちらも参考までにですが、コンサルティングの結果、弊社でも実際にこのパターンを案内したことは何度かありますが、現在でも新規事業開発時の価値を感じてもらっているためメンター的な立場で取引が継続(保守→コンサル契約に移行)したり、新規AI事業を立ち上げた結果新たなニーズが顕在化し、そちらの新規プロジェクトに参入するなどで取引は長く続いている事例がほとんどです。

AI受託開発のデメリット

ここからは受託のデメリットについて解説します。

デメリット1. 発注先の比較検討が難しい

まず、実際に開発を発注しようとすると、候補先が複数出てくるため、検討が難しいという課題が生じます。
この場合は以下の観点で比較すると良いでしょう。

  1. 類似した実績がないか
  2. 関連分野の専門性の高さ
  3. 予算や納期でフィルタリング

類似した実績がある場合は、プロジェクト工程の不確実性が低減されますので、安全に進められる可能性が高くなります。
また不確実性が低減するとプロジェクトの所要期間が短くなり、見積もり金額も低くできる可能性があります。

分野ごとの専門性の高さについて、AIにはテキスト、画像、音声/音響などどのような情報を処理するのかによって、活用できるノウハウが異なってきます。
またそれぞれの分野の中でも例えばテキストであれば医療系の専門文書解析とSNSでの評判分析は質が異なります。
このような観点で開発企業がどの分野に強みを持っているのかを明確にした上で判断することが推奨されます。
もし自社で判断ができない場合は、お問い合わせ時に類似した実績について直接尋ねるとよいです。

他にも開発したAIを活用したSaasプロダクトを開発してサービス提供を行う場合、死活監視や冗長化構成などのインフラ構築、責任分界点などの運用に関わる項目についても事前にヒアリングを行い、どこまで対応してくれるのかを明確にしておくとよいです。

予算や納期などの情報でフィルタリングすることも可能ですが、以上のように実績ベースの判断を行うことをオススメいたします。

デメリット2. インフラ管理を外注している場合、折り合いをつけにくい場合も

委託側企業が例えばAWSやGCP, Azure, オンプレミスなどのインフラ管理やデータパイプラインの構築をすでに業務委託している場合、連携が難しい場面があります。

例えばAIを納品し稼働させる場合、クラウドのアクセス権限を設定する必要があるなど、連携のために既存事業者と連携を行う必要がでてきます。
加えて、この場合は責任分界点の設定と秘密情報が含まれるAIに関わるソースコードのやりとりについて詳細に詰める必要が出てくることもあり、時間を要してしまいます。

ナイーブな対策方法ではありますが、例えばBigQuery(GCP)向けにデータパイプラインをすでに組んでいる場合、AWSでAI用のサーバを運用するなど、クラウド事業者で切り分けを行うと責任の範囲が明確になるため話が進みやすいです。

デメリット3. データのやりとりに手間がかかることがある

例えば委託側企業がAIを活用したSaasを展開する場合、継続的なAIの品質向上のためにはユーザが実際に活用している情報から教師データを作成することが好ましいです。

その一方で利用規約における個人情報保護の観点から、別事業者に特定される形で預かっているデータを受け渡しすることは困難になっていることが多いです。
この場合、教師データを作成するためには匿名加工を行うなどの対応が必要になるため、データ受け渡しに時間がかかることがあります。

また氏名などの情報を伏せるような匿名加工を行った場合であっても、仮名加工情報に該当するケースもあります。
特に専門性の高い業界によっては上記が該当しやすいため、データの特性について相談できる事業者を選定する必要があります。

いつAI開発の発注をするべきなのか?

これまで見てきたように、発注を検討するべきタイミングは以下のようになります。

  1. 競合に急いで追いつきたい場合
  2. 予算を柔軟に組みたい場合
  3. AI人材がいないため何から始めればいいか定まらない場合

何から始めればよいかわからない場合についてですが、弊社サイシキではAI活用コンサルティングをご提供しております。
具体的に解決したい課題がある場合であればAIの設計について解説し、データはあるが良い活用方法が思い浮かばない場合は世界の過去事例から調査を行い、既存事業にシナジーが発生する方針を模索いたします。
他にもAIチームを社内に確立していきたい場合、採用や技術選定についてもご相談いただくことができます。

加えて、サイシキでは医療、金融、法律分野の実績もあることから、専門性の高い分野における開発を得意としています。
特に法的な要件が厳しい専門領域ではノックアウトファクターが数多く存在するため、これを回避しながら設計と運用を行う必要があります。
また運用についても上場企業グループ会社のプラットフォームおよび基準で保守運用を行って実績もございます。

AIを活用した新規事業の創出に興味がございましたら、以下からご連絡いただければ幸いです。

この記事を書いた人
自然言語処理AIを専門とした技術コンサルサービスを提供しています。
医療、法律、金融分野におけるクライアント様の新規事業の創出を手掛けてきた経験から執筆を行います。

【所属】
株式会社サイシキ
言語処理学会(正会員)
人工知能学会(正会員)
日本メディカルAI学会(正会員)
早稲田大学人間科学学術院 招聘研究員