日本ではデロイトトーマツグループとして監査、会計、コンサルティングなどの領域でよく知られていますが、米国におけるデロイトトウシュトーマツ(以下、デロイト)が公開している情報から同社が提案するAI活用について紹介いたします。
類似事例として、先日マッキンゼーがLilliの情報を公開しましたが、このAIは自社内での活用を目的としています。
執筆時点(2023年8月)において、マッキンゼー, BCG, PwCなどを筆頭とする戦略コンサルティングファームは、生成AIによるビジネスへの影響を論じながらもAI活用は自社内のみに留まる一方で、自社で多様なAIを開発し事例ベースで積極的に公開している大手ファームはデロイトとアクセンチュアとなっていました。
この記事では、様々な経験から考案されるデロイトのAIがどのようなものか知ることで、成功するAIの側面についてインサイトを得ることを目的とします。
デロイトは世界中で活動する四大会計事務所(Big4)の一つとして知られていますが、監査会計に限定せずそこから発展したM&Aのサポートやコンサルティングサービスを提供していることが特徴的です。
どのコンサルファームにおいてもデータをもとに議論を行う風潮はありますが、財務諸表を重点的に見てきた同社だからこそAIの活用について積極的だったのかもしれません。
またデロイトは監査、会計、リスクアドバイザリー、金融、税務・法務、コンサルティングなどの様々な分野におけるサービスを提供していることから、自然と幅広い領域のAIを活用しています。
税務弁護士には多くのタスクがあり、例えば税務訴訟が成功する可能性があるかどうかを評価するために、関連する判例を検索し判決を分析する必要があります。
TAX-Iは、上記のような税務弁護士をサポートするため、ヨーロッパ司法裁判所の1153件の税務訴訟をAIで類似の事件と関連付けて分析するだけでなく、裁判所ごとにどのように判断するのかという影響も踏まえて判決の予測を行うとしています。
人間によって設定されたラベルの間違いを見つけます。
例えば、製品情報についてベルギーで適用されるバッテリー税のような地域税に関する情報を入力する必要がありますが、このラベル付けに関して間違いが発生してしまうことは珍しくありません。
上記の場合は商用製品の説明、VAT(付加価値税)率、商品コード、そして各地域税が適用されるかどうかを入力すると、税関データベースと比較してVAT、商品コード、地域税に関する情報が正確である可能性を予測するツールとなります。
オランダではWKRと呼ばれる労働経費制度があり、課税所得の1.2%を従業員の税金非課税の給付と現物給与に使うことを許可しています。
2015年に施行されたものの、HR、給与、財務記録などからデータが必要であり、企業内の担当者が定まらない問題がありました。
またよく知られていない制度ということもあり、誤った形で管理され経費対象から除外されていた問題もありました。
WKR AnalyticsではWKRに含まれる経費を選び出すことができ、20%の品質レベルを95%まで引き上げました。
具体的には、同僚とランチに行くこととクライアントとランチに行くことはWKRにおいては異なる意味を持つことを理解しています。
監査人は市場の動向や新しい法律、企業内の出来事などに基づいて、決算書のどの部分が高リスクであるかを判断します。
また、リスク戦略を策定する際、監査人が以前の事例から得た知識は非常に価値があります
GRAPAを使用することで、個人の経験を超えて、監査人が選んだ戦略をこれまでに活用されたすべてのリスク戦略と照らし合わせることができます。
このAIは、デロイトの1万件にもおよぶ事例データベースから開発され、各事例は平均して50のリスクが含まれています。
一方で、プロセス、発展、リスクの批判的な考慮に関しては人間に頼る部分も大きいため、AIは監査人を置き換えるものではないとも主張しています。
デロイトのオンライン技術ライブラリは非常に広範囲にわたっており、法律、規制、監査および会計基準、専門文献を案内してくれるチャットボットの開発を行っています。
また、ユーザーが過去に行った検索や閲覧した文献に基づいて、個別の推奨事項や関連する情報も提供します。
現在はデロイトJapanにおける日本語データを使用することで、日本語のパイロット版を作成しています。
例えば、契約書上で監査業務を元々は英語で行う記載があったとしても、返されたバージョンではロシア語やポルトガル語に変わっていることもあるように、文書の細かな変更に気づく必要があり、AIによって文書間の比較を容易にします。
Argusは違いを分析し、それらの修正をどれだけ重要かによってカテゴリに割り当て、リスク報告書を提供します。
現在はアメリカ、カナダ、オーストラリアの3国でのみ使用していますが、はるかに効率的であることが明確になっています。
また、今後は請求書まで拡張して精査できるようにする予定です。
従業員からの問い合わせ対応だけでなく、イベントでのリクルーターのサポートまで行います。
例えば求人応募で提出された書類を確認し、その後正しい部署に転送することなど、仕事の仕組みの面において自動化できる余地は大きくあります。
また分析も得意であり、履歴書から応募者がオープンで社交的であるかそれとも内向的であるかを判断できます。
他にも従業員の病気や回復報告の記録、または経費請求の入力の支援を行うために使用することもでき、HRに関する様々な課題に対応できるようになっています。
リスク評価は、個人的・客観的な特性に基づいて行われます。
具体的には、もし誰かが大きな車を運転しているなら、一般的な車よりも大きな損害を引き起こす可能性が高まります。
1990年代から、保険会社はリスク評価のために、統計ベースの一般化線形モデル(GLM)を使用してきました。
これらの統計モデルは、長年の専門知識と経験を持つ専門家によって開発されています。
その一方で、より柔軟な機械学習モデルを用いると、確率分布のパラメータを推定するのではなく、事前に定義された基準に基づいてリスク評価を行います。
従来のGLMは、保険契約者の年齢と性別など、2つ、または最大で3つの変数間の相互作用を考慮することができますが、機械学習は、数千の変数と、はるかに深い相互作用を「理解」することができます。
引き継いだ債務を管理するダッシュボードの作成を行うプロジェクトでは、ランダムフォレストモデルを活用することで、返却が予定されている債務の見積もりを行うことができるようにしました。
プロジェクトの結果として、自治体、債務の種類、債務の額、期間などの異なる基準でソートできる機能を持つダッシュボードが開発されました。
例えばリース契約を主体とする企業では、数千の契約を持っており、国の規制が変化するごとにすべての契約の見直しが必要になります。
専門のアナリストが個別に契約を確認すると90分かかる見込みですが、AIを活用してこのタスクを効率化します。
例えば、新しいIFRS 16やUS GAAP会計基準に従い、2019年からほぼすべてのリース契約を貸借対照表に記載しなければならなくなりました。
テレコム会社は、すべてのマストとそのマストが立っている土地をリースしているため、様々な言語で数十万の契約を見直す必要がありましたが、AI活用によってスマートに解決しました。
ある会社が近い将来に経済的困難を経験する可能性があるかどうかを見るためにインターネット全体を検索して、警告信号を探すことができます。
伝統的なモニタリング方式では、銀行口座、資金の移動、または財務諸表を確認することで債権者をレビューします。しかし、そこで警告の兆候を始めて見る頃にはすでに遅いことが多いです。
EagleEyeは財務諸表に現れる前に、潜在的な衰退の警告信号をオンラインで観察します。
インターネット上の大量のデータを処理し、人々が考えもしないパラメータ間の相関関係を見つけることができるのはAIだけです。
また、信号が検出されるたびにアラートを出すことももちろんできます。
コンプライアンスの監視、詐欺の検出、または非常に初期の段階で将来のM&Aを特定することで、企業の信用の変化をモニタリングします。
オランダの政府機関は詐欺のケースに直面しており、数億ユーロが資格のない人々に支払われていました。
詐欺チェックについては、元々は人間の査定者によってランダムに行われていました
このAIにはメリットが2つあり、誤って詐欺の疑いをかけられる市民が少なくなることと、検査官より効率的にタスクを行うことができるようになります。
開発に当たってはPoCを4週間で行いましたが、人間の査定者が10%の確率で詐欺を見つけられたことに対して、PoC段階で50%まで向上させることができました。
6ヶ月の追加開発を行うことで、最終的に87%まで検挙率を上げることができ、数千万ユーロ相当の詐欺を未然に防ぐことができました。
ある企業は公務員に対して賄賂贈与の告発を受けていましたが、実際に何が起こったのか急ぎで把握する必要がありました。
その企業には内部文書とメールが数百万もの文書がありましたが、AIを活用することで効率的に調査を行うことができました。
デジタルデータからの証拠収集では、大量のデータを集めた上で理解できる形にする必要があります。
BrainSpaceを活用するとデータをカテゴリーに分類し、理解しやすい形に変換出来ます。
例えば捜査機関が組織に対して強制捜査を行った時、弁護士はシステムに保存されているすべての情報をできるだけ早く知る必要があります。
このニーズに応えるためにBrainSpaceは機械学習とクラスター分析を使用し、メールやword文書といった非構造化データを検索し、要約やクラスタリングなどの分析を行います。
例えばメールスレッドにおいては、何が議論されているのか、議論のトピックがどのように相互に結びついているのかを関連して表示します。
また、BrainSpceは自己学習も行いどの文書が重要であるかを指定すると、それらを自動的に認識し、テキスト内のパターンを認識することで、他のどの文書が関連するかを非常に正確に予測します。
歴史的に監査会計を行ってきた企業という特性もあり、弁護士や会計士が活用するAIツールが多い印象があります。
特にクライアント企業の事業再生やM&Aのサポートを行う段階では、対象の企業を総合的に評価する必要があります。
弁護士や会計士は高単価という傾向もあり、工数の低減などを主体とした効率化を行うことで、人件費を抑えることが出来るようになっています。
一方で、デロイトが主張しているように、プロジェクト計画の策定や分析などのタスクは人間と置き換えることは困難とも主張しており、暗黙知を活用できる形式の生成AIの発展が望まれます。
まず、自社情報に特化したチャットボットについては、先日マッキンゼーが「Lilii」を公開したように、コンサル業界の中ではホットトピックとなっています。
過去に収集したデータの再利用やデータ分析のプロセスと結果を効率よく引き出すために知識集約型の組織では今後も社内向けチャットボットの開発はより進められるものと想定されます。
今回の事例からは以下の項目が共通して挙げられる傾向にあります。
上記の1~3を要約すると単純な反復作業を効率化させているとも表現できます。
特に2.について触れると、AIを活用することで課題の全体を一気に達成するというよりも、人間が従来から行ってきた作業を分割し、その一部をしっかりとAIに置き換えるというアプローチが取られているように考察出来ます。
しっかりとAIへの代替が望ましい水準まで問題を分割することで、始めて効率的なAIを開発するプロジェクトを開始することができるのかもしれません。